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小豆島町立池田小学校5年生

今日は遠方小豆島から池田小学校5年生の皆さんが遠足で満濃池を訪れました。
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by koi-net | 2006-05-27 11:24 | 文化・観光

石碑めぐり 長谷川翁功徳之碑

石 碑 紹 介 その2 長谷川翁功徳之碑

満濃池堤防東詰めに一際大きく立派な石碑が聳え建っています。

 この碑は長谷川佐太郎の功績を讃え、明治の元勲山縣有朋が題字、子爵品川
彌二郎の撰文、衣笠豪谷の書により、明治二十九年十一月、朝廷より翁の功を賞し、藍綬褒章及び金五十円を賜るを機に建立したもであります。
碑文には、こころざしを道とし、よりどころを徳とし、人の道理を基本に、遊びを芸とすることは、おそらく長谷川翁のいうところである。・・より始まり翁の功績が事細かく列記され、最後に、世間の評判や立身出世を待たなかった翁は、生まれつきの徳に由来する大宗師といえよう。と記している。
安政元年決壊した満濃池は、水掛りが、高松、丸亀、多度津の三藩にまたがり、天領も含まれていて、復旧には各藩と倉敷代官所の合意が必要で、意見の一致が得られないまま十六年放置されていた。
長谷川佐太郎は、この間、満濃池の復旧をうったえて奔走するも、目的は果たせず幕府は崩壊する。彼は好機到来とばかり、勤皇の同志を頼って上京し、新政府に百姓の苦難を切々と訴え、早期復旧の嘆願書を提出し、明治二年着工同三年に竣工した。この間彼は一万二千両に及ぶ私財を投入し、晩年には家屋敷も失い清貧に甘んじている。
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by koi-net | 2006-05-26 11:51 | 文化・観光

満水になる満濃池

満濃池の余水吐けから水が流れ落ちだしました。
今年初めての光景です。
これから6月13日の初ゆるぬきまでの間は悠々と水をたたえた満濃池が
見れることでしょう。
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by koi-net | 2006-05-22 09:00 | 池の仕組み

石碑めぐり 松崎渋右衛門

石 碑 紹 介 その1 松崎渋右衛門の辞世の句碑



 松崎渋右衛門は高松藩尊皇派の藩士で、榎井村の日柳燕石とも交流があり、幕末には入獄の憂き目にもあったが、明治維新で出獄、藩の家老職となり農政長を務めていました。満濃池は安政元年に決壊その復旧にも奔走され、現地を踏査し木造底樋管に代えて、岩山を石穴で貫く画期的工法を実現させた人であります。
 明治二年九月八日高松城内桜の馬場にて、旧佐幕派集団に謀殺され四十三歳の生涯を閉じたのですが、その時懐にあったのがこの句であります。
 この句碑は、末孫松崎正照氏が自宅に建立されていたものを、満濃池土地改良区が寄贈を受け、平成12年6月13日この地に移築したものです。 

場所 満濃池堤防東詰め かりん市の開かれている休憩所から旧道を降りる取り付き
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by koi-net | 2006-05-16 19:07 | 文化・観光